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横浜地方裁判所 昭和36年(ヲ)1831号 決定 1961年11月16日

申立人(債務者) 株式会社三協紙器製作所

主文

本件異議申立はこれを却下する。

理由

一、(本件異議申立の趣旨)

債権者佐藤千春外七六名、債務者申立人間の横浜地方裁判所昭和三六年(ヨ)第三六四号有体動産仮差押決定正本に基き、横浜地方裁判所執行吏岩瀬甲が、昭和三六年八月一一日神奈川県高座郡座間町座間四六八八番地の三申立人神奈川工場において、別紙差押財産目録<省略>記載の物件に対して為した執行処分はこれを取消す旨の決定を求める。

二、(同理由)

(1)  債権者佐藤千春外七六名、債務申立人間の横浜地方裁判所昭和三六年(ヨ)第三六四号有体動産仮差押命令申請事件の仮差押決定正本に基き、債権者の委任した横浜地方裁判所執行吏岩瀬甲は、昭和三六年八月一一日神奈川県高座郡座間町座間四六八八番地の三所在の申立人神奈川工場に臨み別紙差押財産目録記載の物件につき仮差押の執行を為した。

(2)  前記仮差押命令の申請は、個々の債権者がその主張する各自の請求債権につき、たまたま共同して同一の手続を利用して為したものであり、従つて債権額二〇六万一五五九円は個々の債権者の別々の債権の合計額に過ぎないものである。されば仮差押決定主文第二項に「債務者が前記債権額を供託するときはこの決定の執行の停止またはその執行処分の取消を求めることができる」とあるは、全債権者の債権額を供託して執行処分全部の取消を求め得るは勿論、債権者の内一部例えば一名又は数名の債権額を供託してその債権者の分の執行処分の取消をも求め得る趣旨と解するの外はない。

よつて右の如き仮差押決定の執行に当つては、執行吏は、個々の債権者毎にその請求金額を明かにし、その差押物件を特定区別して執行を為すべきである。

然るに前記執行吏は、各債権者の債権額の合計二〇六万一五五九円が恰も一個の債権であるかの如くに取扱い、別紙差押財産目録記載の物件につき不可分的に仮差押の執行を為した。右の如き執行方法においては、債務者において債権者の内の一部の者の債権額を供託して、その分の執行処分の取消を求めてもその債権者の分の執行の目的物件が区別されていないので、執行吏としてはこれが取消を為すに由なく、又債権者の内その一部の者が自己の債権に関し執行の取消を求めた場合にも右と同様執行吏はその執行の取消をなし得ない不都合を来たす次第である。

(3)  次ぎに有体動産仮差押調書によれば、執行に際し債務者代表者並に使用人何れも不在につき、三宅正則、森谷重一の成丁者二名を証人と定め、同人等の立会をもつて執行したことになつているにかかわらず、差押物件は執行の際不在で立会もしていない債務者代表者の保管に任せたとあり更に封印破棄罪に関する論告をも右不在者たる債務者代表者に為したことになつているが、執行にも立会つていない者に保管に任せたり、又論告したり等ができる筈がないので、この点においても本件仮差押の執行は違法である。

(4)  よつて本申立に及ぶ次第である。

三、(当裁判所の判断)

(一)  当裁判所昭和三六年(ヨ)第三六四号有体動産仮差押申請事件の記録によれば、当裁判所は、同年八月九日債権者別紙債権者目録<省略>記載の佐藤千春外七六名(以下単に債権者等と称する)債務者申立人(以下単に申立人と称する)間の前記有体動産仮差押申請事件につき「債権者等の申立人に対する別紙債権目録<省略>記載の債権の執行を保全するため、右債権額にみつるまで申立人所有の有体動産は仮りにこれを差押える(主文第一項)申立人が前記債権額を供託するときは、この決定の執行の停止またはその執行処分の取消を求めることができる(主文第二項)」旨の仮差押決定を発したこと、右別紙債権目録記載の債権とは、債権者等各自の申立人に対する残業手当および解雇予告手当の請求権をいい、それぞれの債権額は同目録記載のとおりであり、その総合計額は金二〇六万一五五九円であることが認められ、さらに本件異議申立書添付の有体動産仮差押調書謄本(写)によれば、横浜地方裁判所執行吏岩瀬甲は、右仮差押決定正本に基く債権者等の共同委任により、昭和三六年八月一八日神奈川県高座郡座間町座間四六八八の三所在の申立人神奈川工場において、債権者等のために同時に別紙差押財産目録記載の物件(見積価格合計金一九九万五一三〇円相当)全体に対し、仮差押をしたことが認められる。

(二)  そこで、申立人の前記(2) の主張について判断する。右認定事実によれば、債権者等が共同して前記執行吏岩瀬甲に、申立人の有体動産に対し本件仮差押決定正本に基き執行委任したことが明らかである。このように多数の債権者が共同して同一の執行吏に、同一の債務者の有体動産に対し仮差押の執行委任をした場合には、執行吏はこれを併合して同一の執行手続により多数債権者のために、債務者の有体動産に対し同時に仮差押をなすべきものであり、この場合仮差押は一体をなすものであるから、債務者の数個の有体動産に対し仮差押をなすときにおいても、多数債権者のために数個の有体動産の全体に対し仮差押をなせば足りるものと解すべきである。

これを本件について見ると、前記認定のごとく執行吏岩瀬甲が本件仮差押決定正本に基き別紙差押物件目録記載の物件に対しなした仮差押執行は、右説示に添う正当のものであると認められる。申立人の前記(2) の主張は、独自の見解を前提とするものであつて、採用できない。

次ぎに、申立人の前記(3) の主張について判断する。前記有体動産仮差押調書謄本によれば、前記執行吏が前記仮差押執行をなすに当り、申立人代表者ならびに使用人いずれも不在のため、成丁者三宅正則、同森谷重一の両名を証人として立会わしめたことが認められ、また同調書中に「右仮差押物は全部占有し、債権者の承諾があるので、公示書を貼付し、差押物件であることを明白になした上、債務者代表者の保管に任せた。」との記載があることも明らかであるが、これによれば、執行吏が民事訴訟法第五六六条第二項により、債権者の承諾を得て自己の占有に移つた本件仮差押物件の保管を債務者に任せたものであつて、この場合には仮差押物件の保管につき債務者の承諾を必要とせず、従つて債務者が不在のため執行に立会わなかつたときでも、仮差押物件の保管を債務者に任せることができるものと解すべきである。申立人の前記(3) の主張のうち、この点に関する部分は、右法条の解釈を誤つたものであるから採用できない。さらに右調書中に、申立人代表者に対し、いわゆる封印破棄罪に関する論告をなした旨の記載があることは明らかであり、申立人代表者が本件執行当時不在であつたことはすでに認定したところであるから、右調書の記載は誤りというのほかはない。しかし、仮差押調書の作成は仮差押の有効要件ではないから、右のように調書に誤記があるとしても、これをもつて本件仮差押の執行を取消すべき事由とはなしがたい。従つて申立人の前記(3) の主張のうち、この点に関する部分も採用できない。

四、以上のとおり、申立人の本件異議申立は理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 寺島常久)

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